【辛い思い出】マニラからセブへ 2020 (前編)

マニラ・セブ
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昨年の9月9日(2020年09月09日)、私はマニラからセブに移動するため、大型フェリーに乗った。

マニラに仕事のために移ってきたのは2020年の1月下旬。そして、同年の3月にマニラでロックダウンを食らったのだ。もともと家族はセブにおり、単身赴任でのマニラ勤務だった。

まさか、マニラでロックダウンに遭うとは思っていなかった。「運がない」と言うしかない。

ロックダウン後のマニラでの出来事を振り返ってみた。

コンドミニアムから出られない

マニラでは、勤め先の会社が用意したコンドミニアムに滞在をしていた。

ロックダウンとなると、コンドミニアムからも自由に出られなくなってしまったのだ。

週に3日の外出は許されたのだが、それは食料を買い出しに行く時だけ。

部屋にはWifiもなく、テレビはあるものの、映るチャンネルは、古いフィリピン映画のチャンネルのみ。非常につまらなく、安っぽい昔の映画ばかりが放映していた。

最初のころは、それでも全く問題がなかったのだが、時間が経つにつれて苦痛になってきた。そして、2週間ほどが経過したのだが、息苦しさを感じ、発狂しそうになった。

狭い空間に閉じ込められ、WiFiもなく、やることが全くない状態というのは、精神的にかなりつらいということを経験したのだ。

WiFiがないというのが一番きつかった。WiFiあれば動画なども見ることができたので、気晴らしになっただろう。

このままコンドミニアムにいたのでは頭がおかしくなると思ったので、勤務先の上司に許可を得て、オフィスに寝泊まりすることにした。

オフィスにはWiFiもあったので、動画を見ることができる。そして、住み込みのフィリピン人もいたので、会話をすることもできた。頭がおかしくなることはこれでないだろうと思ったのだ。

セブへ戻ることを計画

コロナウィルスは、世界中に感染していった。

フィリピンでも感染が拡大していき、マニラでのロックダウンが延長され続けた。

そして、仕事もないということで、ついに会社から解雇通告が来た。

2020年07月から給料が一切もらえなくなるということで呆然となり、マニラにいても仕方がないのでセブに帰ることにした。

この時はマニラも若干規制が緩和され、今まで運行されていなかったフェリーも運行を再開し始めた時だった。

フェリーでセブに帰ろうと思っていたその矢先、感染者が急激に増えていたセブ側が規制強化をし始め、セブ行きのフェリーはすべてキャンセルになってしまった。

セブの規制が緩和されるまで、待つしかなかった。

2020年8月より、セブは規制が緩和されることになったというニュースが流れた。

ようやくセブに戻ることができると思ったのだが、今度は8月2日だったか、マニラの規制を強化するとフィリピン政府が言いはじめ、マニラから出航するフェリーがキャンセルになってしまった。

ムカついたのは言うまでもない。

2020年8月17日、マニラの規制が緩和され、フェリーが運航を再開した。

この時のフィリピンは、州を跨ぐ移動に関して「トラベルパス」という移動許可証のようなものが必要だった。

マニラはルソン島、セブはセブ島なので、州も別々となり、距離もかなりある。トラベルパスを取得しなければセブ移動し、帰ることはできなかった。

トラベルパス取得

トラベルパスは、PCR検査を病院で受けなければならなかった。

なぜなら、陰性証明書というものが必要だったからだ。検査結果の陰性証明書取得後、その書類を数枚コピーして、それを住んでいる地域のバランガイに提出する。そうするとバランガイがトラベルパス取得に必要な書類を作ってくれるのだ。

バランガイスタッフ曰く、翌日には書類ができるということだった。

保健所が発行の書類も必要ということで、保健所の出先機関に行き、陰性証明書のコピーを渡したら、すぐに書類を作ってくれた。

保健所のスタッフが、トラベルパスの手続きをやってあげると言われたので、翌日にバランガイからもらった書類を保健所のスタッフに渡した。無料でやってあげると言われたが、チップはあげるようにした。

それらの書類を持って、警察関係の役所に行きトラベルパスを発行してもらうのだそうだ。なかなか面倒臭そうな手続きだったので、保健所のスタッフにやってもらったほうがスムーズに行くと思ったのだ。

もう一つ必要書類があった。それは、セブに入るためにはセブに住んでいた市からのレターが必要なのだという。セブ側が自分を受け入れてもOKだというレターだという。受け入れ許可証といったほうがいいかもしれない。

これは、役所関係とメールにて申請を行う必要があるので非常に面倒だが、セブ側の市は結構パッパと送ってきてくれた。

まずはセブ側の住んでいた地域のバランガイに連絡し、その地域に住んでいたという証明書をもらう。それを今度は市役所に連絡し、受け入れ許可証を発行してもらうという流れだ。

トラベルパス取得の流れは下記のようなものだった。

  1. 病院(PCR検査)
  2. バランガイ(必要書類取得)
  3. 保健所(必要書類取得)
  4. セブ側の受け入れ許可証(メールにてセブ側の役所に連絡)
  5. 警察(すべての書類を提出)
  6. トラベルパス取得。

マニラを出発する日付も報告しなければならないため、フェリーのチケットを購入し、保健所のスタッフに出発日時を報告した。トラベルパスは、その出発日のみの1日しか有効でないということなのだ。

マニラ出発日

マニラに来てから約半年。色々なことがあった。主にロックダウン中の辛い思い出しかない。

名残惜しいということは感じることなく、早くセブに戻りたいという気持ちだけだった。

フェリーのチェックインのときは、トラベルパスなど、色々集めた書類を迷彩服を着た警察か軍人かわからないような人たちに、適当にチェックされてチェックインを無事終了。

フェリーに乗り込むと安堵したのか、疲れが一気に出てきた。

早くセブに帰りたいと思っていたそういう時に限って、フェリーが遅延する。

本来のフェリー出発時間は午前11時ころで、翌日の午前11時ころにはセブに到着するはずだった。丸一日の船旅なのだ。

実際にフェリーが出発したのは午後の11時ころ。

再びムカついたのは、言うまでもない。

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